遺伝子多型と生活習慣病
--- 生理的老化に伴う各種の疾患 ---
宮坂 京子、太田 稔 (臨床生理部門)
1. 生活習慣病
以前から、脳卒中、癌、心臓病などは、「成人病」とよばれていました。しかし、こういった病気の大半は、生活習慣、とくに「食習慣、運動習慣、休養、喫煙、飲酒等」などの習慣が発症や進行に深く関与していることが明らかになってきました。そして、生活習慣の改善により、これらの病気の発症、進行が予防できる、ということから、現在では生活習慣病(図1)とよぶようになっています。
2. 生活習慣病の発症
生活習慣病は、個人の持つ遺伝的な要素に、生活習慣やストレスなどが加わった結果、発症します(図2)。
生活習慣病の発症は、寿命を縮めるとともに、発病すると慢性的に治療が必要になることが多く、結果的に医療費がかさむことの大きな原因となります。戦後の経済発展と生活様式および食生活の欧米化に伴い、現代日本では、約7%が生活習慣病に罹患しているとされています。生活習慣病の予防は、医療費軽減と健康な長寿をもたらすといえます。
3. 肥満と生活習慣病
生活習慣病の発症をきめる共通の環境因子として、過栄養、つまり肥満が大変重要です。つまり、肥満は、糖尿病、高脂血症、高血圧の発症を促進し、悪化させます。体重の適切なコントロールは、これらの発症を予防し、進行を遅くすることができます。
4.生活習慣病の遺伝的素因
遺伝的素因というのは、何となく、家族のみんなが太っている、親類縁者で血圧の高い人が多い、などと、漠然と感じることはあるのですが、今一つはっきりしません。染色体に異常があり、うまれてくる比率にも、法則性がはっきりしているものは、明らかな「遺伝病」といえますが、生活習慣病の発症に関係する遺伝的素因とは、ちょっとちがいます。
一つ屋根の下で、同じような食生活、同じような生活習慣のもとに暮らしていると、家族全部が同じような体型になることもあるし、逆に、同じようにくらしていたとしても、太めになる人もいれば、ちっとも太らない人もでてきます。
5. 遺伝子多型
この「個性」あるいは「特徴」を形づくる遺伝的な要因として、「遺伝子多型」ということがいわれるようになりました。ことばの意味としては、「遺伝的要因の個々人の多様性」のような感じでしょう。遺伝的な変化を有している人が、疾患にかかる確率が数十%から数倍の割合で高くなる、という場合は、危険因子をもっている、とされます1)。たとえば、糖尿病になりやすいという危険因子を持っていない人は、肥満しても糖尿病になりにくいけれども、危険因子を持っている人は、肥満すると糖尿病になる、と、いうように考えられます。この危険因子は、1つではなく、それぞれの病気について、10-20種類程度の危険因子が存在すると考えられています1)。
6.アドレナリンβ3受容体遺伝子多型
肥満しやすい遺伝子の変化の例として、アドレナリンβ3受容体遺伝子多型という例をあげてみました2)。図に示しているのは、脂肪組織にあるアドレナリンβ3受容体というタンパク質で、これを構成するアミノ酸が一個、トリプトファンからアルギニンにかわってしまっているものです(図3)。心臓をどきどきさせたりする作用のあるノルアドレナリンが、この受容体に結合すると、脂肪が分解されて、エネルギーとなります。多型の人は、野生型より、1日に消費するエネルギーが200-220kcalすくない、つまり、200-220kcalを体脂肪として蓄えやすい=ふとりやすい、という「体質」をもっています。
この変化は最初アメリカのピマインディアンで発見されました。ピマインディアンは、アメリカのアリゾナ州とメキシコのシェラマドレ山脈に定住した2つのグループがありますが、元来同じ種族であり共通の遺伝的素因を持っています。1970年代までにアリゾナのピマインディアンは農業からはなれ、高脂肪食中心の食生活となり、その結果、成人の90%が高度の肥満を示すようになりました。ところが、メキシコにすみ、今も農業と酪農を営むピマインディアンは、肥満にはなりません。この事実は、ピマインディアンは、元来、肥満になりやすい遺伝的素質をもっていて、高脂肪食や運動不足などの環境因子が加わることで肥満を発症したけれども、従来の食生活や肉体労働を持続していれば肥満にならないですむ、ということを示しています。
このピマインディアンでみつかった肥満に関係する遺伝子がアドレナリンβ3受容体です。アドレナリンβ3受容体は、脂肪組織にあって、脂肪を分解し、熱産生をおこします。この遺伝子に変異があると、脂肪の分解の効率が悪く、肥満、そして糖尿病になりやすいというわけです。けれども、アドレナリンβ3受容体の変異のある人は、初潮が早く、妊娠可能期間が長い、という、種の保存に有利であるという報告もあります。日本人はピマインディアンについでこの変異の発生頻度が高く、欧米人の2ー3倍とされています。
一方で、この変化のある人は、エネルギーを効率よく体内にためこむことができるたちなので、飢餓の時代を生き抜いてくるには、有利であった、とも考えられます。
7.コレシストキニン(CCK)-A 受容体遺伝子多型
東京都老人総合研究所臨床生理部門、国立九州がんセンター、長寿医療研究センターとの共同研究で、コレシストキニン(CCK)-A受容体遺伝子多型が、肥満と関係するという結果をえました3)。
それでは、太りやすい体質を持っている人は、みな、肥満して、生活習慣病になり、高血圧や糖尿病、動脈硬化がひどくなって、早死にしてしまうのでしょうか。東京都老人医療センターに入院した80歳以上の患者さん111人が協力していただいてしらべた結果、アドレナリンβ3受容体もコレシストキニンA受容体も、遺伝子多型の分布は、80歳以上と80歳未満との間に、全く違いがありませんでした。つまり、病気や寿命に対して、これらの遺伝子多型があるかないかよりも、食生活や生活習慣などの外的要因の方が、はるかに大きな影響力をもっている、と、解釈できるでしょう。
8.SNP(スニップ)
ヒト遺伝子は4種類の塩基の組み合わせで形成されていますが、300-500塩基対毎に1つの塩基が別の塩基に置換する変化があるとされます。人口の1%以上に存在する1塩基置換を起こした遺伝子多型はsingle nucleotide polymorphism (SNP)と呼ばれます。1つの遺伝子の中に複数のSNPのあることも珍しくありません。先にのべたアドレナリンβ3受容体、CCK-A受容体もSNPのひとつです。これらの変化が、ある病気にかかりやすい、あるいはかかりにくいという特徴や、薬の副作用がでる、でない、などの個人の特徴を示す場合もあります。
9.人間社会への還元
自分がどうのような素質、素因をもっているのかがわかれば、生活習慣や環境要因を改善して、病気の発生を予防することができたり、薬の副作用をさけたりすることができるようになるかもしれません。そうすれば、本人、家族、社会にとって、有意義なこととなるでしょう。
文献
1)中村祐輔。先端のゲノム医学を知る。羊土社 2000
2)Walston J, Silver K, et al. Time of onset of non-insulin-dependent diabetes mellitus and genetic variation in the b3-adrenergic-receptor gene. New Engl J Med 333: 343-347, 1995.
3)Funakoshi A, Miyasaka K, et al. Body fat content is related to cholecystokinin A receptor gene promotor polymorphism. FEBS Lett 466: 264-266, 2000.