老化研究のための培養細胞

近藤 昊(細胞認識部門)


 ヒトの体は多くの器官(脳、心臓、肺、腎臓、胃、腸など)や組織(筋肉、結合組織など)からできていますが、器官や組織は多くの細胞からできていますので、ヒトの体のなかには沢山の異なった機能をもつ細胞が存在することになります。これらを分化細胞といいますが、200 種類以上あるといわれています。これらの細胞は、生後分裂できない神経細胞や心筋細胞のような非分裂細胞と、生後も分裂できる分裂細胞と未分化な幹細胞からなります。ヒトの体の器官や組織の老化は、それらを構成する細胞の老化に原因があると考えられます。そこで、細胞を調べればよいことになりますが、生体内の細胞は近接の他の種類の細胞や、体全体の影響をうけるため複雑になりますので、生体外にとりだし、一種類の細胞だけ培養して細胞の性質を調べることがなされました。培養は1900年代初頭に始まりましたが、始めは培養するための培養液の開発が重要でした。人工合成培地が作られ、そして大量に手に入るウシの血清を使うことで細胞を培養すること容易になりました。血清を使うことで増殖するヒトの正常線維芽細胞(血管平滑筋細胞、グリア細胞なども)がうまく培養できました。また、ウイルスのワクチンを作るためヒト正常細胞を培養できるようにすることが社会的要請であった時代背景の中で、生体外にとりだした正常細胞が有限の分裂能力をもつ(分裂寿命)ことを見つけられたのですが、その名誉をになった細胞は胎児肺由来の線維芽細胞です(Hayflick and Moorhead, 1961)。生体外に取り出された正常細胞は培養している間に細胞増殖速度が低下するとともに細胞の大型化がおこり、その後分裂停止に至ることがみられました。これは、老人の肝細胞などに見られる大型化細胞と同じと見ることができ、インビトロ(生体外、または培養下の)細胞老化のモデル系と提案されました(Hayflick、1965)。この系を用いて、多くの細胞老化と関わる性質(インビトロ細胞老化に伴う細胞機能の変化、分裂寿命のメカニズム−分裂停止のメカニズム、分裂回数を決めるメカニズム−テロメア短縮、不死化のメカニズム−テロメラ−ゼの制御、不死化細胞を老化させる遺伝子など)が、研究されています。皮膚線維芽細胞も血清を添加することで培養できますので、成人と老人由来細胞の違いの研究が行われました。血清添加で増えない細胞が、細胞老化研究に使われるためには、細胞増殖因子の発見を待たなければなりませんでした。つまり、血清の中には血清で増殖できる細胞の増殖に必要な増殖因子が含まれていたことが分かりました。培養できていない細胞種は、その細胞を分離するのが難しいか、その細胞を増殖させる増殖因子が見つかっていないかのどちらかであると考えられます。増殖因子を探す研究と培養できなかった細胞を培養できるようにする研究が進み、多くの分化機能をもつ細胞が培養できるようになり、これらは皆分裂寿命をもつことが分かってきました。動物の細胞も培養され、細胞老化の研究に使われています。他方、未分化の幹細胞と生後分裂しない神経細胞や心筋細胞に関しては、培養して細胞老化を調べる研究は遅れています。
 以上、老化研究のために生体外にとりだした(培養下で)細胞を研究することの意義と用いられてきた細胞とそれらの細胞を用いた研究を概観しましたが、その各々の詳細については下記のそれぞれの項目を見て頂きたいと思います。


細胞老化研究に用いられる培養細胞

  1. ヒト胎児肺線維芽細胞(ヘイフリックモデル)
  2. 供与者年齢の異なるヒト皮膚線維芽細胞
  3. ヒト線維芽細胞以外のより明瞭な分化機能をもつ細胞
  4. ヒト以外の動物の細胞
  5. TIG-1 細胞とTIG細胞系統を用いた老化研究